
新規取引先の与信をAIに調べさせたら「健全」と返ってきました — 年末の取引拡大前に中小企業が見抜く、AI与信情報の4つの落とし穴
この記事の事例は、実際にいただくご相談をもとにした想定ケースです。特定の企業を指すものではありません。
8月19日、月商の3倍の注文が入りました
大分県内で業務用食材を扱う卸売業、従業員31名の会社を想定します。年商は11億円、取引先は約240社です。
8月19日、営業部長のもとに新規の引き合いが入りました。県外の飲食チェーンを名乗る法人からで、11月から翌1月にかけて月800万円規模の継続発注をしたい、という内容です。この会社の1社あたり平均月商は120万円ですから、いきなり平均の6倍を超える相手が現れたことになります。
与信を担当する経理課長は、社名を生成AIに投げました。「この会社の与信状況を教えてください」と入力したところ、10秒ほどで返ってきた回答には「設立から15年、財務基盤は健全と考えられます」「業界内での評判も安定しています」と書かれていました。課長はその回答をコピーして、与信稟議の参考資料欄に貼り付けました。
社長がその稟議を止めたのは、たった一つの理由からです。「この『健全』は、どの決算書を見て言っているのですか」。課長は答えられませんでした。AIは、決算書を1枚も見ていなかったからです。
落とし穴1:AIは登記情報を見ていないのに、設立年を答えます
最初に崩れたのは「設立から15年」という一文でした。
法人の設立年月日は登記事項です。国税庁の法人番号公表サイトで商号・所在地・法人番号は無料で確認できますが、ここに載るのは基本3情報のみで、資本金や役員は含まれません。生成AIに社名だけを渡した場合、モデルは学習データの中にある似た名前の企業情報や、一般的なパターンから文章を組み立てます。それらしい年数が出てくるのは、確認したからではなく、確認していないことを文章の形で埋めたからです。
この会社が実際に法人番号公表サイトで引いたところ、同一商号の法人が複数ヒットしました。AIが答えていたのは、所在地の異なる別法人の可能性が高いものでした。
生成AIが存在しない情報を自信ありげに出す仕組みは、生成AIの契約書レビューで「存在しない条文」に騙されないで扱った現象と同じです。条文が与信情報に変わっただけで、確かめずに使うと同じ場所で足をすくわれます。
落とし穴2:「財務基盤が健全」の判断根拠が、どこにもありません
次に見たのが「健全」という言葉です。
中小企業の多くは決算公告を行っておらず、決算書は公開されていません。つまり、非上場の取引先について生成AIが財務評価を出すこと自体が、原理的に成り立ちません。上場企業であればEDINETで有価証券報告書を確認できますが、今回の相手は非上場でした。
この会社が決めたのは、AIに評価させず、AIには読ませるという切り替えです。決算書を相手から入手し、その数値をAIに渡して読解を手伝わせる形にしました。
あなたは与信審査の補助をします。以下は取引先から入手した決算書の数値です。
評価や結論は書かず、次の3点だけを計算して出してください。
根拠にした行の名称も併記してください。
【数値】
売上高: ○○円 / 売上原価: ○○円 / 販管費: ○○円
現預金: ○○円 / 売掛金: ○○円 / 棚卸資産: ○○円
買掛金: ○○円 / 短期借入金: ○○円 / 長期借入金: ○○円
純資産: ○○円 / 減価償却費: ○○円
【計算してほしいもの】
1. 自己資本比率(計算式も書く)
2. 流動比率(計算式も書く)
3. 借入金月商倍率(計算式も書く)
【禁止事項】
・数値が与えられていない項目を推定して補わないこと
・「健全」「良好」などの評価語を使わないこと
・不足している数値があれば「不足」と明記すること
評価語を禁止したのは、判断を人に残すためです。数値を出す作業はAIが速く、判断は人が責任を持ちます。この線の引き方はAIエージェントに任せていい業務、まだ人がやるべき業務で整理した考え方と同じ構造です。
落とし穴3:支払遅延の情報は、AIの中にありません
3つ目は、実務で最も痛い部分です。
倒産に至る会社の多くは、決算書が悪化する前に支払サイトの延長や手形のジャンプが起きます。この「兆候」は決算書にも公開情報にも載らず、業界の同業者や金融機関の中にだけ存在します。生成AIはインターネット上の一般的な情報から文章を作るため、特定企業の支払遅延を知る手段がありません。
この会社が取った行動は、AIとは別ルートの3本立てでした。
| 確認する内容 | 誰に確認する内容か | 判明までの日数 |
|---|---|---|
| 支払サイトと実際の入金実績 | 同業の卸2社に非公式で聞く内容 | 3日 |
| 手形・でんさいの決済状況 | 取引銀行の担当者に相談する内容 | 5日 |
| 登記の変更履歴(本店移転・役員交代) | 法務局で登記事項証明書を取る内容 | 1日 |
登記事項証明書は法務省の登記・供託オンライン申請システムからオンラインで請求でき、窓口交付より手数料が安く設定されています。手数料の区分は同システムの案内で確認できます。1社あたり数百円で、AIの推測より確実な情報が手に入ります。
落とし穴4:与信枠を決めたのはAIではなく、社内に前からあったルールでした
4つ目は、この会社が最終的に一番時間をかけた部分です。
そもそもこの会社には、与信枠の設定ルールが文書化されていませんでした。既存240社の与信枠は「昔からの付き合いだから」「前任者が決めたから」という積み上げで、根拠を説明できるものが少ない状態でした。AIに聞きたくなったのは、社内に判断軸がなかったからです。
11月からの取引に向けて、社長と経理課長が9月中に決めたのが次の3点です。
| 決めた項目 | 決めた内容 |
|---|---|
| 新規取引先の初回与信枠 | 月商換算で3か月分を上限とする内容 |
| 決算書の提出 | 月200万円を超える取引では2期分を必須とする内容 |
| 枠の見直し時期 | 半期ごとに全社一斉に洗い替える内容 |
新規の相手には、初回3か月は月200万円を上限とし、遅延なく決済された実績を確認してから引き上げる、という段階設定にしました。相手の申し出は月800万円でしたが、初回から満額を受けることはやめています。
この240社分の与信枠洗い替えでは、AIを使いました。既存の売掛金台帳から「与信枠に対する残高比率」「過去12か月の平均入金遅延日数」「直近の取引額の増減率」を計算させ、要注意の順に並べる作業です。240社を人が並べ替えると2日かかりますが、条件を明示すれば30分で下表ができます。ただし、並んだ結果を見て与信枠を動かす判断は、必ず社長が行う形にしました。判断材料の作成と判断そのものを分けておくと、AI導入の稟議は「金額」では決まらないで触れたような「誰が決めたのか分からない」状態を避けられます。
与信の判断軸を、社内に置き直すお手伝いをしています
えらびの道では、生成AIの業務活用を「研修」と「コーチング」の2軸で提供しています。研修では、今回のような「AIに評価させず、計算と整理だけをさせる」プロンプトの書き分けを、貴社の実際の帳票を題材に半日で扱います。コーチングでは、与信枠のルール文書化や既存取引先の洗い替えといった実業務に伴走し、月次で回る形になるまで並走します。費用面では人材開発支援助成金や自治体の補助金の活用にも対応しており、制度の全体像はAI研修に使える助成金・補助金まとめにまとめています。年末の取引拡大を前に、AIに聞く前の判断軸を社内に置き直したい場合は、お気軽にご相談ください。
与信の判断軸を社内に置き直すところまで、えらびの道でお手伝いできること
合同会社えらびの道は、大分県の中小企業に向けて生成AIの業務活用研修を行っています。研修を専門にしている会社ではなく、普段はシステムの受託開発と自社サービスの運用をしていて、生成AIはそこで毎日使っている道具のひとつです。そのため、一般論ではなく、実際に使ってみて分かったことをお伝えできます。
研修では、貴社が実際にお使いの書類をそのまま題材にします。与信であれば、この記事で扱った決算書の数値を読ませるプロンプトの作り方や、売掛金台帳を使った既存取引先の洗い替えを、貴社の稟議の様式に合わせて一緒に組み立てます。汎用的なひな形ではなく、翌日から使える形で持ち帰っていただきます。
与信枠の設定ルールがまだ文書になっていない場合は、そこから一緒に整理します。事前のヒアリングに伺うのも研修当日に立つのも代表の喜多ですので、うかがった貴社の事情がそのまま当日の題材になります。大分市の人材育成応援事業などを使う場合は、申請書類の作成もお手伝いします。
年末の取引拡大を前に、何から手をつけるか決めかねている段階でも構いません。えらびの道では、オンラインで30分ほどのご相談を承っています。費用はかかりません。
よくある質問
AIに取引先の与信調査をさせても大丈夫ですか?
社名を渡して評価させる使い方は避けてください。非上場企業の決算書は公開されておらず、AIは根拠なく「健全」といった文章を生成します。決算書を自社で入手したうえで、その数値を渡して比率計算や項目整理を手伝わせる使い方であれば、実務に十分役立ちます。
生成AIが返した与信情報は、どこまで信じられますか?
出典が示されない情報は、そのまま稟議に載せないことをおすすめします。設立年や資本金は国税庁の法人番号公表サイトや登記事項証明書で、支払遅延の兆候は同業者や取引銀行への確認で裏を取ってください。AIの回答は、確認すべき項目のリスト作りに使うのが安全です。
与信管理にAIを使う場合、社内で何を先に決めるべきですか?
与信枠の設定ルールを先に文書化してください。新規取引先の初回上限、決算書の提出基準、見直しの時期の3点が決まっていれば、AIは既存取引先の並べ替えや比率計算で威力を発揮します。ルールがないままAIに聞くと、判断の責任者が曖昧になります。
この記事は、生成AIで下書きを作成し、実務経験にもとづいて内容を確認・編集したうえで公開しています。制度・金額・要件は年度や状況によって変わるため、実際のご判断の前に公式の窓口でご確認ください。
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